Anchor che col partire 別れの時
Cipriano de Rore (1515-1565) チプリアーノ・デ・ローレ
Anchor che col partire アンコール ケ コル パルティーレ
Io mi sento morire, イオ ミ セント モリーレ。
Partir vorrei ogn'hor, ogni momento; パルティール ヴォレイ オニオール、オンニ モメント−
Tant'e il piacer chi'io sento タンテ イル ピアチェール キオ セント
De la vita ch'acquisto nel ritorno. デ ラ ヴィタ ケアクィスト ネル リトルノ。
E cosi mill'e mille volt'il giorno, エ コジ ミッレ ミッレ ヴォルティル ジョルノ
Partir da voi vorrei; パルティーレ ダ ヴォイ ヴォレイ −
Tanto son dolci gli ritorni miei. タント ソン ドルチ リ゛ィ リトルニ ミエイ
Whenever we part again なれと別れるそのたびに
I feel near to death, われ死なむかと思ほゆる。
I wish to part every moment, いつも別れをのぞむほど
such is the plesure I feel かくもよろこび大いなる
in the life I gain on returning, また会ふときに得るいのち。
and thus a thousand times each day ちたびももたび一日に
I would part from you, なれと別れむことねがふ
So sweet are my returnings. また会ふことの甘美さよ。
Translation : E. Hargis 邦訳・GiGi
イタリアのルネサンス期の古楽「Anchor che col partire(アンコール・ケ・コルパルティーレ)」の歌詞冒頭は、ジャズの歌曲「Everytime We Say Goodbye」とおなじなので、対照させてみた。
イタリア語については、とにかくローマ字読みでほとんど大丈夫だが、Gliだけはそのままカタカナにできない(ギに近いリ)とおもったのでリ゛ィなどと書いた。(ただし現代イタリア語では「i ritorni」になるから変化がちがったらしい?)
アポストロフォが途中に入っている語は音便でつながっていてこの用法は現代イタリア語にはあまり残っていないようだ。おなじく動詞の語尾のreをrにしてみじかくする語法もやや残っている。
Tantoが日本語の「たんと」(たくさん)と対応しているが、ここでは英語のSuch「こんなに」の意味らしい。伊和辞書にもその用法がある。
anchor は古イタリア語における ancora のようで、ほかにChosì (Così) というのもあった。
Everytime we say goodbye
Every time we say goodbye,
I die a little,
Every time we say goodbye,
I wonder why a little,
Why the Gods above me,
who must be in the know.
Think so little of me,
they allow you to go.
When you're near,
there's such an air of spring about it,
I can hear a lark somewhere,
begin to sing about it,
There's no love song finer,
but how strange the change from major to minor,
Every time we say goodbye.
By Cole Porter
さよならを言うそのたびに
こころはすこし死んでいく
さよならを言うそのたびに
わたしはなぜと問いかける
天にまします神様は
すべてを知っておられても
わたしにこころをお向けでない
あなたを行かせてしまうから
あなたがそばに居るときは
春の息吹が身をめぐる
そしてさえずるひばりの声
歌いはじめる恋のうたは
ならぶものないうつくしさ
なのに長調は短調にかわる
さよならを言うそのたびに
邦訳 : GiGi
COMMENT
ご無沙汰していて・・・久々に覗かせていただいたら、
すっかり引き込まれてしまいました。
まったく門外漢のルネッサンスの古楽に、
なんだか理屈なくしみて来て・・・。
GiGiさんの邦訳や記事が距離を少し近づけてくれたと思ったとたんに、
いきなりのエラが。
コールポーターの名曲との比較には、
ますます距離感が縮みました。
すり切れるほど聴いた青春の一枚、
Ella in Berlin と同時代の歌声で、
距離感はなくなりセットで刷り込まれてしまった感があります。
とっても、楽しく面白い対照比較でした。
ありがとう。
すっかり引き込まれてしまいました。
まったく門外漢のルネッサンスの古楽に、
なんだか理屈なくしみて来て・・・。
GiGiさんの邦訳や記事が距離を少し近づけてくれたと思ったとたんに、
いきなりのエラが。
コールポーターの名曲との比較には、
ますます距離感が縮みました。
すり切れるほど聴いた青春の一枚、
Ella in Berlin と同時代の歌声で、
距離感はなくなりセットで刷り込まれてしまった感があります。
とっても、楽しく面白い対照比較でした。
ありがとう。
とてもうれしいコメントをいただきました。ブログをやっていた甲斐があるというものです。
古楽は、単純で、こちらからの歩みよりがないと素気なく感じられるものじゃないかと思うけれども、 流行歌より長く響いていくものをもっているんじゃないかとおもうのです。
そうかと思うと、ジャズのほうはわたしたち近代人の古典だし、生き続けていますよね。もっとなぐさめがあって、直接的にあたたかい。この違いの意味については頭では戸惑っています。
意図はたしかに自分にとっても比較や訳を通してもっと身近なものに感じたいということだったのです。自分以上にジャストミートで受け止めていただけたようです。
古楽は、単純で、こちらからの歩みよりがないと素気なく感じられるものじゃないかと思うけれども、 流行歌より長く響いていくものをもっているんじゃないかとおもうのです。
そうかと思うと、ジャズのほうはわたしたち近代人の古典だし、生き続けていますよね。もっとなぐさめがあって、直接的にあたたかい。この違いの意味については頭では戸惑っています。
意図はたしかに自分にとっても比較や訳を通してもっと身近なものに感じたいということだったのです。自分以上にジャストミートで受け止めていただけたようです。
TRACK BACK
TB*URL
| ホーム |
